菜花の里について
 
 
 
 
 
 

 
 
 私の父、早川賢牛は4才にして父親に死別、母親とも離別して佛門に入りました。父が、他国へ来てはじめた学園は、両親への思慕の念と、幼い頃の憧れと郷愁だったのではないか。このことを想像したのは、私が大人になってからでした。どんな思いでこの学園をつくったのかは、とうとう聞かずじまいでした。いつの間にか流れた90年の歴史の中で私は、55年間養護施設の児童と共に暮らしてきました。終戦後の食べる物のない時代でも、その頃の方が人々の心は豊かでした。愛情を注げば子どもは育つと言いますが、そんな生やさしいものではありません。ドラマや、本に書いてある様に、「自分の青春をかけて」とか、「人生をかけて」とか言う夢物語ではないのです。理論どおりに子どもが育つのなら苦労はありません。生命と生命のぶつかり合いでした。或る時は、もう投げ出したくなり、また或る時は、頑張らなくてはと思うことの繰り返しでした。どんなに平凡な専業主婦に憧れたことでしょう。今振り返って、楽しかった事より、苦しかった事、情けなかったり、悔しかった事の方が思い浮かびます。

 21世紀になり、世の中が日々新しくなっていると言うのに今だに、施設を、偏見の目で見て、差別意識を持っている人の多いのに、驚かされ腹立たしく思います。でも、その反面、今日まで、こうして続けてこれたのは、理解ある沢山の方々の支えがあったからです。平和で豊かになった今日此の頃、大人も、子どもも、心貧しくなりました。明日の日本の子どもたちは、どうなるのだろうと心配したり、昔はよき時代だったと懐かしんだりする私も、やっぱり年をとったと言うことでしょうか。もう残り少ない人生を、前を向いて進んで行くしかありません。そして、丘の上の「菜花の里」の名にふさわしい、明るく、たのしく、たくましい子どもと、そして老人が「すべての人に温かく」をモットーの職員と共に毎日を心豊かに暮らしていきます。

 

 
 
 
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